全てはひと続きになっている

奈良から軽井沢に来ました。

90年代受賞映画①「許されざる者(1992)」

友だちにアドバイスをもらったので、90年代に受賞した映画を5本、10年代に受賞した映画を5本観て、10本の感想記事を書くことにしました。僕の冬休みの宿題。

 

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これまで、映画を大して観てこなかったため、映画に関する知識はもちろん、教養も皆無なぼくなのですが、好き勝手に感想記事を書いていきたいと思います。映画のレビューとかすら観ない派。どうぞよろしく。

 

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2019年の終わりに

年末はいかがお過ごしでしょうか。僕は、地元奈良に帰省中。ほっと一息ついています。

 

僕にとって随分と長かった1年間が、今まさに終わりを迎えようとしています。

年を取れば取るほど時間が経つのが早くなるって、あれ、嘘ですね。むしろ、年々長く感じるようになってきたここ数年です。

 

ちょうど一年前。年末に、突如、軽井沢風越学園のお話をいただき、初めて軽井沢を訪れたところから、僕の2019年が始まりました。

 

そこから怒涛の3学期を過ごし、担任をしていた6年生のみんなと共に、初任から4年間お世話になった奈良の公立小学校を卒業。初任の時に3年生の担任をし、6年生にもう一度再会した学年のみんなと。4年間で、2学年を2年間ずつ担任し、どちらも卒業まで見届けさせてもらってありがたかったなあ、本当にステキなみんなで、たくさん学ばせてもらったなあと感謝しても仕切れません。もちろん、職場の同僚、管理職、一人残らず僕にとって大事な人たちでした。本当に大事な大事な4年間。教員生活第1章の終わりです。

 

終わり始まり。4月からは軽井沢に移り、軽井沢風越学園のスタッフとして、新しい生活がスタートしました。僕は、町内の公立小学校で務めることが大きな役割。校内で「風越から来た人」として実践を発信し、毎週のように、教室には訪問者が来るような毎日が始まりました。変わること、変えることの重みを感じつつ、葛藤と向き合う日々。苦しい日々でした。悩みに悩んでここまでやっとの思いでたどり着きました。悪夢を見たり、一人枕を濡らす夜もありました。ここまでよくやってきたなあと、自分くらいは自分を褒めてやりたいなあと思うほど。これまでとは比べものにならないくらいに濃密な時間を過ごしています。そういう日々を経て、これまでよりも視座がぐんっと高くなり、いろんなことが見えるようになって、おもしろさも増えれば、苦しさも増える、そんな感じです。

 

スポーツインストラクターの方々への社員研修、授業づくりネットワークの理事としての集会開催や原稿執筆、オンラインサロンの開設運営、DTMやレコーディングなどなど、相変わらず学校の外でも、初めてのことへのチャレンジが尽きない1年でもありました。チャンスを与えてくださる方々には感謝です。

 

そんな中で、今年の一字を挙げるとすれば「書」かな。とにかく書いた1年でもありました。振り返り、学級通信、記事、合わせて毎日2000字以上は書いています。今の僕の学びの土台は「書くこと」にあります。「作家の時間(ライティング・ワークショップ)」という作文の授業実践が軸になりつつあり、今、一番おもしろいなあと思うのが「書くこと」だったりするのもあって、いろいろ候補がある中で、あえてこの一字を挙げることにします。

 

令和元年。これからの時代は、ぼくらの手の中にある。そんな曲を書いたりもしましたが、自己否定して生まれ変わり続けてきたこの1年を皮切りに、来年も、まだまだ変わることを恐れずに、挑み続けていきたい。いよいよ軽井沢風越学園の開校も目前となりました。まだ見ぬ世界に飛び込み続けることは、年を取れば取るほど難しくなってくることを薄々感じてはいます。でも、やっぱり、僕は、生まれ変わり続けたい。この1年の経験を糧に、風越ではもっとフルスイングしていきたいなあと。ちゃんと、手触りのある、手ごたえのあることを、愚直に、泥臭くやっていくということを前提に。そのためにも、この年末年始はゆっくり過ごすことにします。

 

というわけで、2019年ありがとうございました。

ブログ、ご覧いただきありがとうございます。

皆さま、良いお年をお迎えください。

 

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札幌にて。その4

これで札幌シリーズ、最後にします。

 

昨夏、京都未来フェスというイベントに登壇したときに、ぼくのプレゼンを聞いて、声をかけてくださった方がいました。リーフラス北海道支社長嶋中 康晴 (Yasuharu Shimanaka)さんです。

 

奈良での最後の1年、ぼくが毎年少しずつチャレンジを広げてきた、プロフェッショナル・プロジェクトの授業にも協力してくださいました。

 

今回は、そのときに校長室で約束していた社員研修に呼んでいただいて、60名ほどのスポーツインストラクターの方々の前で、お話する機会をいただいたというわけです。

 

スポーツインストラクターの方々にとって、ぼくの話がどれだけ価値のあるものだったのかわかりませんが、その後、いろいろ質問や相談をしていただいたことを思うと、ちょっとでも力になれたのかもしれません。

 

いや、愛溢れる雰囲気の中で、学ばせてもらったのは、ぼくの方かもしれません。

 

幹部の方々が、夜、ぼくみたいな若造にいろいろと相談しに来てくださって、真剣に応えているうちに、ぼくからも悩みが漏れてきて聞いてもらったり。本当にありがたい時間でした。

そして、同じく講師として来られていたお二人との出会いも刺激的でした。

 

裸足教育の松浦 弘泰 (Hiroyasu Matsuura)さんのお話が、もうとにかくめちゃくちゃおもしろかった。お話すればするほど、ぼくが今考えていることとつながるところだらけで、もう、興奮しっぱなしでした。また、改めて裸足の話、聞きたいです。

 

市川 雄大 (Yudai Ichikawa)さんの非認知能力の話も、すごくいろいろ考え直すきっかけになりました。認知できない領域を、いかにして、磨いていくのか。幼少期のぶっ飛びエピソードも、とんでもなかったです。(笑)

 

こうやって、ぼくは、人とつながって、つないでもらって、つないでいきながら、進んできたんだなあ。と、感じる札幌の旅でもありました。

 

なんかこう、ぶわーっと言葉にして外に発信するのは久しぶりな気がする。そういう気分でした。みなさん、ありがとうございました。

 

さて、三連休が終わります。早く寝て、明日に備えることにしましょう。

 

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札幌にて。その2

無愛想なラーメン屋とロボットみたいに定型文で話しかけてくるキャッチと夜風がやたらと冷たいすすきのの夜。

 

同僚の自殺の話を笑いながらしている人もいたなあ。寒いとそうなるのかなあ、なんて考えてしまう。いや、ぼく自身が、身も心も冷え切っていたのかもしれない。

 

そんな中、夜遅く、講座帰りの大野 睦仁 (Mutsuhito Ohno)さんに、お会いしてきました。北海道のソウルフード、美味しすぎるスープカレーのお店に連れていってもらいました。いや、うますぎた。(その前にラーメン食べてるのは内緒)

 

実は、数年前、ぼくが教員2年目のときに、大野さんの本を読んで、講座に参加し、懇親会でご一緒させてもらって話をしたことがありました。あんまり人の話を記憶できないぼくですが、このときのことは、はっきりと覚えています。

 

それから時が経ち、最近、SNSでちょくちょくやりとりさせてもらっていたこともあって、ずーっとお会いしたいと思ってたのです。念願でした。

 

お話する中で、なんか、こう、言葉にするには複雑過ぎるようなものと向き合い続けてこられたんだろうなあと感じました。ぼくが大事にしたいことと重なる部分がたくさんあって、なんだろう、ぼくの中にふんわりとあったものが確信に変わっていくようなこともありました。

 

どちらかに振り切るのもいいけど、「間」の可能性を信じて、向こう岸の世界へも常に歩み寄る姿勢。ぼくも大事にしたいなあと思います。

大野さん、ステキな時間をありがとうございました。

 

そんなこんなで、温かい時間を過ごしたぼくは、冷え切っていた心身ともに、その温度を取り戻したのでした。

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札幌にて。その1

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五年前、ぼくは北海道から奈良までヒッチハイクで帰る道中、苫小牧の港からフェリーに乗った。

 

フェリーは初めてで、ざこ寝のスペースの使い方がよくわからず、たまたまそこにいた、同い年くらいの彼に声をかけた。

 

いろいろ話をしていると、同い年だということが分かり、秋田の実家に帰るところだというので、そこまで乗せてもらうことになった。たしか、フェリーの中の風呂も一緒に入ったっけ。

 

八戸から秋田の実家まで、3.4時間くらい。いろいろお互いのことを聞いたり、将来の話をしたりしたような気がする。ぼくは小学校の先生になることが決まっていて、彼はプロスキージャンパーを目指していたところ。

 

実家に着くと、そこはまさかの旅館。朝の一番風呂に入れてもらって、朝食もごちそうになり、お父さんに気に入ってもらってか、きのこ狩りに連れて行ってもらった。

 

他にも、なまはげのお面を被らせてもらったり、お昼ご飯までいただいたり、もう少し滞在してもいいということもいってもらった。

 

ここでもう少しゆっくり…とも思ったけど、旅を続けないといけないので、昼ごはんをいただいたところでお別れ。1枚目はそのときの写真。

 

 

 

5年経った今、ぼくが札幌にいることを知った彼が連絡をくれて会いに来てくれた。忘れかけてたことが、いろいろと思い出され、懐かしくも嬉しい気持ちが込み上げくる。

 

彼は、ちょうど会う前日に、試合を終えたところで、ぼくは講師の仕事を終えたところだった。

 

5年前も、この日も、事前に計画されたものではなく、偶発性の中で起こった奇跡的な巡り合わせ。ぼくは、こういうことの繰り返しの中で、また、旅を続けていきたいなあと思うのであった。

 

 

いやー、それにしても5年で老けすぎてる。。。

軽井沢に来て、半年。

ここで、報告してから半年が経ちました。

tokkun1225kotonakare570.hatenablog.com

 


今もなお、2020年開校予定の軽井沢風越学園の設立準備にちょっぴり関わりながら、メインは連携先の公立小学校で、学級担任として働く毎日です。

 

自分の足で立っていなかった4月。落ちるところまで落ちて、自分の内側に潜り続けた最初の3ヶ月でした。自分と向き合うことには、痛みを伴う。葛藤を葛藤のままで持ち続けるということは楽なことではない。でも、僕にとって本当に大事な時間なんだという確信はあります。

tokkun1225kotonakare570.hatenablog.com

 

1学期のことはもうすでに記憶にないくらい遠い過去の話になっていて、そこから、随分と遠くまで歩いてきたなあという感じです。とはいえ、全てはひと続きになっているので、そういうことも感じながら、今、ここに立っているわけです。

tokkun1225kotonakare570.hatenablog.com

 

2学期が始まってからは、1ヶ月が経ちましたが、諸事情で途中から体育主任になり、運動会を任されるなど、相変わらず、ギリギリの中を何とか走り続けています。もう体育主任はいいかな。運動会という学校行事から、改めて学校という場所について見直す時間でした。

 

昨年度までの普通の公立小学校の先生をしていた頃とは少し違うのが、頻繁に教室にはお客さんが訪問されるということ。連携の関係で、校内の先生や町や県の教育委員会から。学校づくりに関わって風越学園から。それ以外にも、僕が個人的にお誘いさせてもらったり、先日は、某大手教科書会社からも。といった感じで、毎週誰かが来られます。「見られる」とか「求められる」といったことの中で、自分の心の中の動きとか、外に開くことの意味とか、誰かと共につくっていくことについてとか、そういった中での子どもたちの学びとか、いろいろと考えます。難しいことだらけです。

 

また、昨年度までのように、フルスイングしてないなあとか思うこともあって、「見られる」とか「求められる」ということの中で、自分を縛り付けているものはまだまだあるなあといった感じです。でも、その縛り付けというか、いろんな制約の中で、磨かれていくもの、生まれていくものもあるんだろうなあと思っていて、まあ、あと半年も、引き続き向き合っていくんだろうなあと思います。頑張ります。

 

あと、軽井沢に来てから、ほとんど毎日、振り返りを記録しています。どんなに苦しい時でも、忙しい時でも、振り返りと学級通信は毎日続けてきました。とにかく「書くこと」を通して、多くのことを学んできた自負はあります。たぶん、これをやってきたから、この半年、ここまで来れたのかもしれないなあとも思います。一つ一つを言葉にすることで、少しずつでも進んでいくことの手応えを感じながら、また次へ向かっていく。「書くこと」の価値を実感を伴って感じてきた半年でもありました。

 

 

ということで、半年が経って、現状報告でした。

 

相変わらず友達はいないので、週末はひとりぼっち。

これからどう過ごすか考えます。(笑)