全てはひと続きになっている

奈良から軽井沢に来ました。

この時期だからこそ

先日の学級通信の一部。

 

一年が終わる時期だからこそ、こういうことも全部丁寧に語っていってる。

 

子どもたちへはもちろん、その奥、もしくは前にもちゃんと届ける。覚悟を持って。

 

これまで、みんなは、みんなと「同じ」であることを求められてきました。みんなと「同じ」ことができるようになることを求められてきました。「同じ」時間に、「同じ」ことを、「同じ」ように学んできました。だからこそ、人と比べて、自分がみんなと「同じ」ことをできないことに不安を感じてしまうのは当然のことです。自分らしさを大切にしにくいのもそう。みんなと「ちがう」自分を表現することが恥ずかしかったり、ときには、こわかったりもしますよね。
少しさかのぼると、戦後の日本の経済発展は、この“みんな「同じ」”に支えられてきました。人口は増え続け、いかに効率よく「同じ」ものを大量生産できるかが勝負だった時代には、その価値観は正しかったのです。そして、みんなが目指す「幸せ」の形も「同じ」でした。
しかし、そんな時代はとっくの昔に終わっています。少子高齢化で、人口は減っていく一方。テクノロジーの発展により、いろんなことが「効率化」「自動化」され、誰にでもできる仕事は「ロボット」がやってくれるいい時代です。だからこそ、自分にしか生み出せない価値、「あなたがあなたである意味」が問われる時代でもあります。もちろん、みんなが目指す「幸せ」の形は「ちがう」時代に入っています。
だからこそ、本気でみんなには考えてほしい。人と「ちがう」ことを受け入れ、かけがえのない自分を大切に思い、他の誰とも「ちがう」自分だけの人生を、自分の手で切り開いていってほしい。そんな思いもあって、「ブロックアワー(自立学習)」のような学び方にチャレンジしています。